相も変わらず、オーディオは時間があるとやってます。
好きな音楽を好きな感じの音で聴きたい。
自分だけが知ってる最高の響きに辿り着きたい。ただそれだけ。
アンプを変えたり、ケーブル変えたり、スピーカー変えたり、ヘッドホン変えたり、電源コンセント繋ぎ変えたり(正直電源周りが一番音の変化が大きい)してるだけ。
ただそれに耳を傾けているだけ。
確かに、見た目が芸術品みたいな容姿でセンス抜群で、目でみてIt's Beautifulなのも気分は良いです。
でも僕は理想の音が鳴ってくれたら何でもいいです。ライフル弾のケースやリモコン爆弾みたいな見た目でも構いません笑
ただ音楽を聴いているだけ。
そう、いつでも、それこそスマホやケータイでも聴けますよ。
オーディオをやってますと言えば、まぁド大層なイメージがありますが、(クルマが趣味でフェラーリ乗ってます的な感じの印象を持たれる)
別に普通に音楽を聴いているだけなので、特別感のあることはなにもしていません。
皆さんも普通にしている何気ない日常にある行為だと思います。
町を歩いていてもBGMで音楽は聴こえますから(聴くか聴かないかは別として)
それで鳴ってる音が、あーとか、こーとかいってるだけなんですよ。
講釈垂れたり、理想を語ってみたり、、、
じゃあそれを実行しようよ!ってなって、あれ変え、これ変え、とっかえひっかえ、、、
な-にをやってるんだか。
でも結局トータルバランスというか、このプレーヤーで、このケーブルで、このアンプでこのスピーカーやヘッドホン/イヤホンで、、、この音楽を。
とコーディネートするセンスと能力次第なんですよね。
今の時代に散見されるような、ひとつのもので多数をこなす。とは真逆を行きますが、適材適所、適任をスパッと当てはめる。みたいなものです。
まぁそんな遊びを10分でも、1曲でも聴く時間があればやってます。
逆に1曲しか聴く時間がないから、しっかり喰らえるように、音質にはかなり拘ってしまうのかもしれません。
今は1986年製TechnicsのCDプレイヤーSL-XP3と、2000年代初頭のヘッドホンアンプGracedesign M901 、それと近しい時期に発売されていた、Sonyのインナーイヤー型最上位機種MDR-EX-90SL。
これでほぼ、ぼくの理想の音は聴けています。
目の前にはいつも奏者が居て、楽器があるので、寂しくないです。
逆に音を止めると、寂しくなる程です。
限りなく本物の音に近く、説得力は抜群です。
小さな音まで限りなく、アコースティックなそう大きくない音量の、小ぢんまりした演奏でも気迫が伝わって、迫力があります。
なにも大きな音量でなくても、相当な迫力がありますね。
小さな音の演奏でも、爆音です。
密度が高くて、それでいてシャープで洗練されていて。
凄く大きく聴こえます。
こういう音が聴こえてこないと、オーディオやってるなー。という気にはなりません。
パッと再生ボタンを押しても、生演奏が目の前で始まらない限り、この音は聴こえてきません。
しかし、それが聴こえたような気になるのがオーディオの楽しみ。
ついつい音漏れから、吸い寄せられるように聴いてしまいますね。
ビックリしますから。
そんな音が流れる日々。
悪くないです。良い音で聴けて気分上々。
それと古い機種。
ぼくのオーディオシステムは今日からすると古い機種の選りすぐりばかりが目立ちます。
なにもヴィンテージという言葉はどうもしっくりこないんですよ。
だって、今、今日もありますからね笑
古ければいいという事は全く当てはまりません。古すぎて朽果てた物も数多あるので、歴史の分だけ品数もあるので、膨大な石ころの中からダイヤの原石を見つけるようなものです。
キミ、化石拾いでもしてるのか?と聴かれてもおかしくないですな、、、
でも、どんなものであっても当時は最新の製品だったわけで、その時代に台頭する他のものが沢山あったり、ユーザーのニーズや熱望があったり、価格や新機軸競争であったり、時代背景が強く現れていますね。キャラが濃い!と言われるでしょう。今の時代からすると余計にね、逆に選びやすいけれど。
月日が経ち忘れ去られて、古いだとか過去モノにされてしまってますが、どの時代の盛り上がりや過去を引っ張ってくるかで、ただ古いだけなのか、ヴィンテージと表現できるのか、それだけの事かと思います。
相当に古くて、手に入りにくく、今では作る事も再現する事も不可能で、今手に入るどのモノよりも優れていて美しい。
それこそ、ヴィンテージ機の魅力だと思います。
一度文化的にも技術的にもマテリアル的にも、枯渇して途切れている事が価値になったりするわけです。
だから古くならないんです。
歳食ってるから、古いのは古いですが、、、
新しくも無いですが、、、
その時代に、生まれたニーズや、「これ、必要じゃないの?でもこれ、誰が買うの?」みたいなマッドサイエンティスト的な製品までもが生まれる風潮や理由があった。ということが見てとれます。
当然そうではない冷めた時代も長きに渡りあるので、ただただ古いからカッコいいとか、良いとかではなくて、人間の技術や感性、そして文化への関心が、傑出して高かった年代がどこかにあった。ということに過ぎないのです。
それが訳あって、復刻できないとなれば、どうしようもなく価値が上がり、それが魅力的、魅惑的なら尚更だ!というところで、ヴィンテージと呼ばれるのでしょうね。
全然古くないですよ。聴こえてくる音自体は。
1950年代の録音もCOOLでかっこよくて、1音づつ凄くハッキリ聴こえるし、ビックリするくらいリアルだし、、、
2025年の最新の曲も鮮やかで新鮮にそれっぽく聴かせてくれます。
、、、結果、古いとか新しいとかナンセンスなんですね。
古いと何かしらやられてるとか、劣っているとか印象を持たれがちですが、ヴィンテージ機は死んでませんから、やられていて状態は悪くても使えるし、多少壊れていても慎重な修復や修繕では復帰可能です。
それよりも、今日にお金さえ払えばいくらでも入手できる新品と比べて、どーにも、こーにも圧倒的に良い場合が殆どなので、困ったものです。
買う人、楽しみを求めている人、所謂文化人がもっと求めないと、素晴らしい製品は生まれてきません。
なにもアホみたいに神経質にシビアになる必要もないですが、、、
もう少し、気にかけてみる。
意見してみる。
この努力、度胸の持ち方で、時代はかわってくると思います。
オーディオ機器でも、相当にメーカーや設計者の、意見が、拘りが、散りばめられています。
これじゃなきゃダメなんだ!くらいの勢いです。
今はそういう意見までも古い!呼ばわり。
人間が、何かの幻想に食らい付いていた時代、もっと凄まじい技術、優れた知恵、より鋭い感性があったのだと。ヴィンテージ機種は静かに語っています。