2024年4月29日月曜日

オーディオにおけるニーズとは?

良き鳴りとは。

綺麗に鳴る事とは、オーディオに於いて至上命題です。 しかし、{音楽を聴く}訳ですから、その演奏が“下手くそ”に聴こえるように鳴らしてはいけません。 これも当たり前ですが、残念ながらそれも起こりうることであって、それに対しての抵抗がオーディオという道な気がしています。 

 よく聞く話で、“らしく”鳴らせ。といわれるものの、現実の音を求めて極限まで音響機器の“癖”を排除すれば、録音の全てが出てくる。それが全てだ!とかいわれたりもしますが。。。 

 実際はそんなに簡単なものではありません。 そのサウンドが本当に良き鳴りか?それは別軸だと思うからです。 癖はあっていいのです。それこそ邪魔にならない程度に。スピーカーや機器の特色を特定の楽器の音や演奏に合わせて、それが重なった時、最高の一体感が生まれます。
これが良い音の正体です。
そんなに常に定量的では無く特定の瞬間だったりします。 

 {癖をもって、癖を征す} つまりは乗りこなすという事です。 

 だから、正しさだけを追求しすぎで、徹底的に癖ばかりを嫌っても、それがHi-Fi(高再現度)かと言われても、答えはNoです。 

 先程の様にそれで演奏が下手に聴こえては何の意味もないからです。 
こういう場合でも大体録音には罪は無いことが多くて、再生、つまりその録音をうまく再現しそびれていることに罪があります。 例えば、深みの無い低音の鳴りでジャズのウッドベースを聴いても、プンプン言うだけで、“おちょくったような”音でしかなくて、これではどんな名手の名演も台無し。つまり下手に聴こえます。
 低音が浅い、引き締まっているというのもひとつの癖であり、ある種のチューニングです。上記の場合において、それが重ならなかった。つまりミスマッチが起きるとこうなります。だからこそオーディオ製品はチューニンググッズまで様々な製品が数多あり、ユーザーはその使いこなしを問われているのです。 

 しかし、その音次第で下手くそに聴こえるというのなら、上手くも聴かせられるという事です。
つまり、、、 音を変える=癖をつける。ことでそれは成立します。 

 音とは空気の振動なので、ほんのちょっとしたことでコロコロ変わります。つまりは音響機器のチューニングに於いても、何か条件が変われば音も変わります。多かれ少なかれ、気付く気づかないに関わらずです。 

 しかし、それがいい方向つまり、演奏が上手く聴こえる方に変えられるかどうか。これがオーディオの真髄です。 

 機材の音が忠実になっても、それだけでいい演奏に聴こえるほど簡単な事ではありません。 だから、癖を排除し、“らしく”鳴らすだけがオーディオではないのです。 それでは単なる音に過ぎないということです。 

 オーディオは再生(再現)の儀式の事をさします。それはもちろん音楽のです。 

つまり、楽器の鳴り方やオーケストラ等の奏音の特色を、機材の特色(癖)を持って引き出す訳です。癖の無い音色なんて存在しないからです。 
 しかし、らしく鳴らす為に無色透明な音質にチューニングしがちです。そして無機質な音に陥りがちです。 演奏によっては低音が出ていた方がいい音に聴こえる楽曲もあるということですよね。 

 小さな音が響きの1滴までどこまで豊かな状態をキープできるか。それも癖だったりします。同じような音量でずっと鳴られてもあまり心地よくはないです。 

 録音がシビアでピークが大きく普通に再生するだけでは荒れた音になりやすい、三味線なども実際の生音のエッジ感を再現するのではなく、ボディの鳴りや皮の音が紡ぎ出す濃ゆいメロディ感を再生する方がより良く聴こえます。つまりHi-Fiとは違う路線でチューニングしたほうが、生き生きとした音楽再生に繋がることでしょう 

 そして音量だって大切です。 ドラムの生音がでかいからといって、スピーカーからドラムの音量で音楽をかけようものなら、先ず低音からエライことになります。続いて高音も。耳が痛くて居てられません。 小さな音量でも、その音楽の大部分、周波数バランスも含めて、丁寧に再現できなければならず、音量を上げてもそのバランスが大きく変わってはいけません。

 つまりボリュームを上げるのを躊躇うくらいに、小音量でも緻密であり、その空間に漂うような鳴りでなくてはなりません。 響きに包まれ、音が満ち溢れている状態をまず作り上げなくてはなりません。
ですが、音量を上げてしつこい、押し付けがましくなるのも、良い音ではありません。それでは五月蝿いだけです。 

 その密度の高い、心地よい響き(五月蝿くない)音質を目指すのには、沢山の創意工夫があり、考慮すべき点や儀式が多くて説明しきれません。 見た目はシンプルそうに見えても、シンプルなほど、要件は厳しく、拘りも数多く、神経質で、扱うにはあまりにも多くの知識と感覚を要します。 

 だから、マニアだのオタクだの科学者だの勝手に呼ばれますが、当然の事と思います。
 小さな変化をつぶさに捉え、慎重に丁寧に少しづつ時間をかけて変化を与えチューニングしていますから。 相当なセンスが問われる訳で、オタクであるのは前提とも言えるでしょう。 明日に答えが出るような世界ではないということを断言しておきます。 

 明日に音が良くなるかなんて知るよしも無いのです。 それよりも明日、どんな音に変化しているか。それを楽しみにしています。 それで演奏内容が良い方に変われば、音が良くなったという事です。 

 つまり〔良き鳴り〕とは、五月蝿く無くて、その音色が身体の中にまで入って来て、一体感のある有機的な楽器の鳴りがストレス無く最後まで楽しめる状態をさします。

ようするに、“人間の音”がうまく再現できなければならない。その楽曲毎に、その人の“癖”が巧く伝わる様に鳴っているという事です。 それに対する課題に対して向き合っていくのがオーディオなのです。 声なき声を聴き、物質と対話をし、数多くの素材を使いこなし、振動と電気をコントロールする。至って精神的な儀式なのだと。私は思います。