2025年9月3日水曜日

2025.8月24日 KANREKIギグ! at 和歌浦芸術区

 灼熱の8月、24日はつむぎ人Hideこと、ひでぼー会長の還暦パーティかつ、大誕生日会ということで、ライブが開催されました。


改めまして還暦、そしてお誕生日おめでとうございます!


ステージでは、いちごの里スタッフ一同で祝福ムードに。



本当にハートフルなスタッフと、Doragonに囲まれて、歌有り、涙ありのスペシャルパーティでした。


MCいもやんにも、煽られ、違うか!引き立ててもらい、
Happy Birthday!




みなさんで還暦KANREKI言うから、24日がお誕生日だということにどよめく会場。



お誕生日会ですよー!


弥栄ーっ!(カンパーイ)




グビグビ飲んだところで、ライブが始まりました!

みなさん祝福の曲をご用意しての、KANREKIライブ。

唄う。
飲む。
絡む。

3拍子バッチリ決まってましたね!

沢山のアーティストに愛されている証、そして和やかなステージ。






代わる代わるそれぞれの地元アーティストの祝福ソングを聴きながら、、、


沢山の曲、音楽が流れる、ライ…

誕生日会!

龍も居ます!

Hideさんの願い、、、


叶ったんでしょうか!?




唄ってもらったり、プレゼントもらったり、自由な時間。

これぞ、フリータイム!

今日こそ楽しんでください!


オリジナル楽曲も、すごく想いが込められた曲で、


この日に集まってくれた皆様に幸あれ。

そんな雰囲気で会場も和やかに。

みんな元気でいること。笑顔が一番!


現実はシビアだけど、笑顔でサヴァイブします!

ラフ & Laughで。

楽しく、適度にテキトーに、やっていきます。


唄うことと、生きる事はよく似ていて、両方アートなんだな。とこの日は思いました。



生きている喜び。

何かを思い、生きているからこそ、それを唄うことができる。

よく見れば、よく考えれば当たり前のことかもしれないと思うことも、


歌が気づかせてくれることがある。

それを聴きながら、生きるのが人生。

日々、色んな感情を抱きながら生きる。

それも芸術。

その気持が、願いが、思いが、聴こえてくる。

人からも音からも。

みんな力を持っているから。


生まれてきて良かった!

そう思える日が誕生日。

本当にそんな感じでした。

Hideさんの人望の厚さ、熱さ?

溢れる1日、でした。


本当に還暦、おめでとうございます!

みんなで祝福タイム!




おっと!さらに勢い付いて、



弥栄ーっ!


って、また始まっちゃってますよ!こっちでも(笑)

みんな元気ですな!


今回は、機材無い無い尽くしの中で、いつもピアノの調律でお世話になってる成川さんや、ゲストシンガーの薮下さん、そして和歌浦芸術区の廣瀬さんの機材や力をお借りしまして、なんとかかんとか無事ステージを終えることができました。




本当に感謝です!

Hideさん、いちごちゃん、そしていちごの里スタッフ一同様、こんな楽しいギグにご招待いただきまして、まことにありがとうございます!


なにはともあれHideさん、還暦、そしてお誕生日おめでとうございます!

60代のレッドカーペットを、レッド・ツェッペリンの如く突き進んでください!


Photo by ありちちさん。


2025年7月22日火曜日

直近のオーディオ

 相も変わらず、オーディオは時間があるとやってます。

好きな音楽を好きな感じの音で聴きたい。

自分だけが知ってる最高の響きに辿り着きたい。ただそれだけ。


アンプを変えたり、ケーブル変えたり、スピーカー変えたり、ヘッドホン変えたり、電源コンセント繋ぎ変えたり(正直電源周りが一番音の変化が大きい)してるだけ。

ただそれに耳を傾けているだけ。

確かに、見た目が芸術品みたいな容姿でセンス抜群で、目でみてIt's Beautifulなのも気分は良いです。

でも僕は理想の音が鳴ってくれたら何でもいいです。ライフル弾のケースやリモコン爆弾みたいな見た目でも構いません笑

ただ音楽を聴いているだけ。

そう、いつでも、それこそスマホやケータイでも聴けますよ。

オーディオをやってますと言えば、まぁド大層なイメージがありますが、(クルマが趣味でフェラーリ乗ってます的な感じの印象を持たれる)

別に普通に音楽を聴いているだけなので、特別感のあることはなにもしていません。

皆さんも普通にしている何気ない日常にある行為だと思います。

町を歩いていてもBGMで音楽は聴こえますから(聴くか聴かないかは別として)

それで鳴ってる音が、あーとか、こーとかいってるだけなんですよ。

講釈垂れたり、理想を語ってみたり、、、

じゃあそれを実行しようよ!ってなって、あれ変え、これ変え、とっかえひっかえ、、、

な-にをやってるんだか。

でも結局トータルバランスというか、このプレーヤーで、このケーブルで、このアンプでこのスピーカーやヘッドホン/イヤホンで、、、この音楽を。

とコーディネートするセンスと能力次第なんですよね。

今の時代に散見されるような、ひとつのもので多数をこなす。とは真逆を行きますが、適材適所、適任をスパッと当てはめる。みたいなものです。


まぁそんな遊びを10分でも、1曲でも聴く時間があればやってます。


逆に1曲しか聴く時間がないから、しっかり喰らえるように、音質にはかなり拘ってしまうのかもしれません。


今は1986年製TechnicsのCDプレイヤーSL-XP3と、2000年代初頭のヘッドホンアンプGracedesign M901 、それと近しい時期に発売されていた、Sonyのインナーイヤー型最上位機種MDR-EX-90SL。

これでほぼ、ぼくの理想の音は聴けています。

目の前にはいつも奏者が居て、楽器があるので、寂しくないです。

逆に音を止めると、寂しくなる程です。

限りなく本物の音に近く、説得力は抜群です。

小さな音まで限りなく、アコースティックなそう大きくない音量の、小ぢんまりした演奏でも気迫が伝わって、迫力があります。

なにも大きな音量でなくても、相当な迫力がありますね。

小さな音の演奏でも、爆音です。

密度が高くて、それでいてシャープで洗練されていて。

凄く大きく聴こえます。


こういう音が聴こえてこないと、オーディオやってるなー。という気にはなりません。

パッと再生ボタンを押しても、生演奏が目の前で始まらない限り、この音は聴こえてきません。

しかし、それが聴こえたような気になるのがオーディオの楽しみ。


ついつい音漏れから、吸い寄せられるように聴いてしまいますね。

ビックリしますから。


そんな音が流れる日々。

悪くないです。良い音で聴けて気分上々。


それと古い機種。

ぼくのオーディオシステムは今日からすると古い機種の選りすぐりばかりが目立ちます。

なにもヴィンテージという言葉はどうもしっくりこないんですよ。

だって、今、今日もありますからね笑

古ければいいという事は全く当てはまりません。古すぎて朽果てた物も数多あるので、歴史の分だけ品数もあるので、膨大な石ころの中からダイヤの原石を見つけるようなものです。

キミ、化石拾いでもしてるのか?と聴かれてもおかしくないですな、、、

でも、どんなものであっても当時は最新の製品だったわけで、その時代に台頭する他のものが沢山あったり、ユーザーのニーズや熱望があったり、価格や新機軸競争であったり、時代背景が強く現れていますね。キャラが濃い!と言われるでしょう。今の時代からすると余計にね、逆に選びやすいけれど。

月日が経ち忘れ去られて、古いだとか過去モノにされてしまってますが、どの時代の盛り上がりや過去を引っ張ってくるかで、ただ古いだけなのか、ヴィンテージと表現できるのか、それだけの事かと思います。


相当に古くて、手に入りにくく、今では作る事も再現する事も不可能で、今手に入るどのモノよりも優れていて美しい。

それこそ、ヴィンテージ機の魅力だと思います。

一度文化的にも技術的にもマテリアル的にも、枯渇して途切れている事が価値になったりするわけです。

だから古くならないんです。

歳食ってるから、古いのは古いですが、、、

新しくも無いですが、、、

その時代に、生まれたニーズや、「これ、必要じゃないの?でもこれ、誰が買うの?」みたいなマッドサイエンティスト的な製品までもが生まれる風潮や理由があった。ということが見てとれます。

当然そうではない冷めた時代も長きに渡りあるので、ただただ古いからカッコいいとか、良いとかではなくて、人間の技術や感性、そして文化への関心が、傑出して高かった年代がどこかにあった。ということに過ぎないのです。

それが訳あって、復刻できないとなれば、どうしようもなく価値が上がり、それが魅力的、魅惑的なら尚更だ!というところで、ヴィンテージと呼ばれるのでしょうね。

全然古くないですよ。聴こえてくる音自体は。

1950年代の録音もCOOLでかっこよくて、1音づつ凄くハッキリ聴こえるし、ビックリするくらいリアルだし、、、

2025年の最新の曲も鮮やかで新鮮にそれっぽく聴かせてくれます。


、、、結果、古いとか新しいとかナンセンスなんですね。


古いと何かしらやられてるとか、劣っているとか印象を持たれがちですが、ヴィンテージ機は死んでませんから、やられていて状態は悪くても使えるし、多少壊れていても慎重な修復や修繕では復帰可能です。


それよりも、今日にお金さえ払えばいくらでも入手できる新品と比べて、どーにも、こーにも圧倒的に良い場合が殆どなので、困ったものです。


買う人、楽しみを求めている人、所謂文化人がもっと求めないと、素晴らしい製品は生まれてきません。

なにもアホみたいに神経質にシビアになる必要もないですが、、、


もう少し、気にかけてみる。

意見してみる。

この努力、度胸の持ち方で、時代はかわってくると思います。

オーディオ機器でも、相当にメーカーや設計者の、意見が、拘りが、散りばめられています。

これじゃなきゃダメなんだ!くらいの勢いです。


今はそういう意見までも古い!呼ばわり。

人間が、何かの幻想に食らい付いていた時代、もっと凄まじい技術、優れた知恵、より鋭い感性があったのだと。ヴィンテージ機種は静かに語っています。


2025年7月14日月曜日

2025.7.13 いい音色は歩いて来ない

皆様こんばんは。 昨日は、南こうせつさんのサポートをされています、佐久間順平さんが、和歌山Luru Hallに来られました。 

 いつも、定期的にLuru Hallで演奏してくださってる、フォークシンガー横山恭治こと、恭やんのフォークソング・バンドのスペシャルステージということで、ゲストとして登場して下さいました。 
 横山さんからは、佐久間順平さんの事はよくお伺いしていましたが、、、話していた時は夢の話でした。 

でも、夢は見たら叶えなければ意味がないですよ! と、僕もそれとなく念を押してしまったような記憶があります(笑) それだけ、いつか来たるであろう日を楽しみにしていました。 

 そして、こっそりご報告があり、なんと、佐久間順平さんとステージをやる事が決まりました!と。 

僕も嬉しくてうっかり口が滑りそうになりながらも、、 楽しみにしていましたが。
僕自身も色々あり、当日は会場には居れないスケジュールになっていたり、 すごく複雑な気持ちでした。

 しかし、スケジュール調整も入り日程が空いた事もあり、ようやくギアがかかりました。

 そして当日。いつもと違う時間に恭やんのバンドメンバーと会いセッティング開始。 新鮮な感じで、リハーサルの準備をしていく。 そして佐久間順平さんが到着! 
本日は宜しくお願いします!と握手から挨拶してくださり、早速、気をもらいました。 ステージ準備も、わりといつもと変わらない感じでしたが、どことなく緊張感もありつつ、モニターの音の調整を終えてお昼ご飯に。 

 佐久間さんのギターが面白くて、特注らしいのですが、そのサイズ。小ぶりのギターとも言えるし、ビックウクレレの様な容姿のふくよかなボディで円やかな低音が膨らむ独特な音色でした。
Shimoギターという、メーカー製でして、高木ブーさんのウクレレ等も製作されているんだとか。 佐久間さんの曲も面白くて、内容もストレートですごく盛り上がりました! 
 そして、ヴァイオリン。 恭やんの歌声に沿うような、優しい音色。音も凄く美しかった。 ただただうっとりでした。 ハスキーな歌声とヴァイオリンのウォーミーなサウンドで会場は拍手喝采。 
いつもの恭やんの曲も全員で熱唱して、コーラスになってました。
 
僕はいつも、Reverbと、Chorusエフェクトをよくチューニングする合わせ技をよく使用しますが、あれ?こんなエフェクトのかかり方だったかな?と思ったらね、、、全員コーラスだった。 

 願いを叶える為には、いつもしていることを諦めることなくコツコツ続けて、遠い現実との距離を少しづつ近付けていくこと。そうすれば時を経て必ず辿り着ける。 ということをみせてもらいました。 
本当に長年、コツコツと演奏のステージを続けて下さり、やっと掴んだ、栄光のスペシャルステージ。 
感激の瞬間をご一緒させてもらえた事に感謝いたします。 叶った!という時間は、特別格別! 横山さん、恭やんバンドの皆様、そして佐久間さん、本当にありがとうございます。 
 
また聴かせてください。 
 
地道にコツコツ。 いい音もステージも独りでに歩いてきません。 強い意志を抱きし者が、いつかきっと辿り着く処なんだとおもいます。 独りでに歩いて何処かに行くのは、作業中の工具やネジ類です。奴らには脚がついているからな(笑)

2025年2月18日火曜日

1年ぶりの再開

 2025.2月16日


島裕介×丈青DUO ~Yusuke Shima Presents~

at Luru Hall.


お久しぶりの島さん、1年ぶりの丈青さんとの再開。

挨拶の後に、相変わらずね、変わってないなーと言われました。笑

はい!元気です。今日も。


なぜか不思議とお久しぶりな感じがしなかったのだが、たったの1年ぶり、、、そりゃ変わらないですよね!とか府に落ちて、足早にステージに向かいまして、島さんのサウンドチェック開始。


ご希望通りにマイクをセットさせて頂いて、ピアノもマイクのHAのゲイン決めて、リハーサルスタート。


4曲演奏頂いたところで、僕も手が止まりそろそろ仕上がってきたかな、と思い始めた頃、丈青さんよりサウンドはこの辺が心地よいから良いのでは?と言って頂けたので、GOサイン。あとは合わせやリハーサルに集中して頂く。

しかしやはり何か不思議な感覚。

久しぶりな気がしない。


丈青さんのピアノの音の中には沢山の味があって、色んな音楽をむさぼり食らうように聴く私には、飛んでくる音に、どこか懐かしさや、親しみやすさがあり、右手のメロディーロール等が好みの感じだったり、予想を裏切る奇抜な終り方だったり、結構リハから聴き入ってしまった。


でも僕も含め、観客の皆さんが聞き入ってると、ばれるんですよね、これが。それでまた違うミクスチャーを持ってきてくれて、雰囲気やテンポが上がってUPMixになったり、アンビエントな世界になっていったり、ホントに多彩でワクワクを貰えました。

久しぶりかも。この感じ。


島さんのトランペットもジワジワ混ざってくる感じが、あって2人のあわせ技が、耳を奪っていく。

しっかり、DUOの空気感でした。

お互いに、これが好きでね。って言うところや音で弾き合って、混じりあって。味が出てました。


夢中で喰らって、しっかりフェーダー握って、代わる代わるやってくるトランペットのサウンドに反応して、、、味がいいね!

なんて思ってたら、あっという間に演奏終わっちゃってしまいました。


うんちくや上手い下手関係なしに個性を感じること。

音を楽しむ上で非常に重要なことなんだなと、改めて思う日でした。


味わい深さ。

奏者の拘りや、人柄が溢れているホットなトコロ。聴きたいのはそこなんです。

痒いところかいてくれて気持ちいいんです。


じゃあその味を最大限に引き出す、お皿や食器が、いるよ!絶対!


とかいうのが、僕の拘りで、なんとかこの空間にいる1人でも多くの人にこの音この感じが届いて欲しいから、必要以上にシビアに音を決めていく。


正直、この道のベテランからすれば、当たり前すぎることだし、異常な事だと思われるか、そんなことかと思われてると思います。きっとそうだと僕は思っています。

でも僕にはそんなの関係ありません。

引き出し方もセンスというか味があるとおもうので、誰がやっても違う音になるのは面白さの部分でもあるので。


音楽は上手い下手で良し悪しが計れないのと同じで、マイクを向けるのも、基本的な事が完璧にできる事だけが重要ではない。


僕みたいに我流で順番も基本も、へったくれもない、癖だらけの突拍子もない奇天烈なやり方でも、拘りを突き通せば、知らない音が鳴るんだなと。

普通は使わないよ、そんなの!と言われてみるから使ってみたくなるのがマニアの性でそれが何故なのかも含めて知りたくなってしまう病気です。

それと普通はつかっていないなら、特別って事ですよね。形や音がどうであれ。それは新鮮だし、飽きない、タレない、古くならない。


味って、いいよね!

胸が熱くなったライブでした。


そして、血迷ったときも、自分を信じて拘る事を諦めない。

いつかそれは大きな力になり、ムーブメントになる。

そのときが来たら、最高に笑えるから。


そうなんじゃないの?少年。

と言ってくれた、気がしてます。

そうでなくても、笑

僕はそう受けとりました。


また近いうちにお会いできる日を楽しみにしています。


よし、また明日からも、相も変わらず、あーだのこーだのするぞー。




2024年10月7日月曜日

本日のライフワークとディープニッチ

 Sonyの名機!

ECM-56A

本日、XLR化が完了。

接点磨いたり、スイッチの半導通を接点復活処理で取ると…ノイズ消えました!等メンテナンス中!


久々の通電なのでエージングも込みで通電させっぱなしで放置します。


しかしマイクと対向したときの芯の太さとピントの定まり方は絶品です。

本当に年数を感じません。


しかし、メンテナンスが非常に重要なので、ヴィンテージマイクは根気の良さも扱うには必要です。


しかし、恐ろしい程録れるので、メンテナンスしてでも使う価値はあると思います。

指向性とゲインだけ優れているのではありません。


その2点だけなら近代に生産された、電気的に安定している組み立てられたばかりの最新マイクでも充分です。

中国製でもさして日本製との優勢は感じません。


しかしヴィンテージマイクが優れているのはあくまでもその音質であり、音の捕まえ方にアドバンテージがあるというだけです。


昔放送局や音楽スタジオで従事していた当時を知る人の懐古主義のコレクションにしては、値段のつき方がおかしいと思います。高過ぎです。

しかし、それが成立!?(まぁ価値観色々ありますが)しているのは、それ以外の明らかな理由があるからです。


僕はそれこそ音質に尽きると思います。

そうです。音の質感です。

艶やかだとか、存在感が強いとか、人が弾いてる雑っぽさとか、機材が持ってる特有の高音とか。

要はひと癖あり、個性が強いこと。

これに尽きます。


こここそが大味で現代のいくら高級なマイクだろうがエンジニアの評価が高かろうが、敵わないところです。


EQだのフィルターだの位相調整だのリヴァーブやコンプなどで作り込んで熟成していく音が…


マイクを向けた時点で既にほぼ出来上がってる。事です。


嘘みたいですが、これは実際に経験しないと解らない事だと思います。


音の拡がりや奥行き、飽和感がもたらす力感。この味こそが歴代の名機の証です。


しかし、マイクを向けてヘッドホンでモニターした時点では現代の優秀なマイクとの音質差はごく僅かな変化でしかなく、結構ボリュームを上げて聴くか、HAを高めにしてクローズで録るかしないと殆ど差はないと主張する方も多くて、そう感じるのも無理は無いのです。


本当のところ、録音してミックスダウンで音を混ぜたり重ねたりしたときに初めてその差は顕著になります。

それは少しの差ではありません。小型スピーカーで小音量で聴いてもわかります、明らかに違います。

音の残り方や存在感、味付けしたフレーバーの効き方に大きな違いとやりがいを与えてくれます。


ざっくり言うと、フェーダー下げても音は萎まず後ろに下がってくれて埋もれない、フェーダーを上げればガッツリ濃く存在感があります。

そしてEQの効き方、かかり方がアグレッシブになります。概ねこのあたりで気が付く事でしょう。


そしてマスタリング等の音圧調整まで来たときのサウンドの崩れなさ。これは多くがモニター環境が悪いとか、位相が分かってない人が触るからだとか、EQのポイントが悪いとか腕前と知識、スキルが大半の問題と考えられています。

僕もそうと思っていましたが、ヴィンテージマイクや所謂長年プロ定番の名機を実際に使って初めて体感しました。

EQが位相をとかリニアフェーズを使うとかステレオイメージャーで拡げるとか…どっか行きました。


気になるポイントをEQで2箇所程ホンの少しなんとかすれば、一瞬で狙い通りのサウンドに…拡がりも出ます、ピントも合います。あっさりでした。

そりゃそうですよね。EQもダイナミクスもさわる箇所が圧倒的に少なくてすむわけですから、多少荒くたくEQしても、リミッターをハードにかけてマキシマイズしても、崩れませんでした。


それがあのとき感じた、小さな、僅かな音質の差だとは、にわかに信じられませんが、明らかにそうでした。古風な定番マイクを使っただけで、知識も経験も無いに等しいのに、悩みが解決してしまいました。数多の市販音源と遜色ないところまでは持ってこれてしまいました。


その後、古着屋さんに何故か売られていたヴィンテージマイクの名機を買って、対に買わなくてもみんな持っていてライブハウスやスタジオに行けばある現代のマイクや機材で録音から比較しながら1から録音やり直しました。

そして、現代の優秀なマイクから録音を初めてふと気が付きました。最初にマイクを向けて感じた事は…

「理想の音とは?………」

無難に録れ過ぎてイメージがわかないほどに程遠い出音でした。

それでもこの時点ではヴィンテージ個体との音質差は僅かなものです。


そこからEQしたり僅かな角度調整やHAのゲイン調整で追い込んでいく。ここからが経験と知識がモノをいうプロの領域だと思い込んでいたので、あれこれ15分くらいピアノの前であーだのコーダの…EQも絶妙に決まって、よしこれだ!と思って、


次にヴィンテージの名機をセット!


なにも考えずに、丹念にセットしたマイクの横に立てて、HAのノブをぐいっと右に………

2秒後にヘッドホンを外しました。

雷に撃たれたようなショックとある種の強烈な合点があって固まりました。


それは僕がミキシングで仕上げようとしていた音の遥かに先を行っていました。目指していたプロの音、実直な音質そのものでした。

狙いもつけていません。EQもしてません。HAも音が来てこの辺かな?で手が止まった位置。VUすら見ていません。しかし既に洗練された見事な出音に焦りショックで仰天しました。

そして次に狙いをつけようとマイクを動かしても、響きや音色がEQの用に変わるだけでそんなにサウンドが的外れにならず、神経質に狙わなくても狙い通りのサウンドになりました。

「何故だ!この作業こそがプロの為せる業ではないのか!?素人録音とプロの差がハッキリ別れるポイントじゃないのか……」そう考えて愕然としました。

それからEQ、効きの豪快さにさらに焦りました。録れてる音の密度が格段に違うことに、ここでようやく気が付きました。


ここで、鋭い方なら、マイクは保管状況があるから新旧にかかわらず…、と言うはずです。

しかし、片方は最近DTMを始めた友達が大枚叩いて買って3ヶ月も経たない防湿庫保管品、片やヴィンテージマイクは1981年製。古着屋に裸で置かれていて、中のウレタンは加水分解でボロボロ触れば崩壊のやれやれ品。


全うな理屈は全く通用しませんでした。

(それでも真のプロこそは防湿監理して大切に管理していますが)


なのにそれでもこの差は、音量やEQ、ミックスのブレンドバランスを触る程大きな違いとなり、マスタリングまで来た頃には、同じテイクを違うマイクで録っただけなのに、もはやヘッドホンの音漏れで充分にわかるほど、もはや別物でした。

ピアノも声も出た途端から明らかに音の飛び方がもう違います。

殆どEQ等もヴィンテージマイクの方はしていません。充分録れてましたから。


でも新品マイクも充分に録れているんです。音量だけは。

ではなぜEQになるのか、何故少しでも角度や距離を変えただけで、サウンドがガッツリ変わったり、逃げたりするのか。


これが音質の差か…と。思い知らされました。


ボロボロの名機の方がより遠くにマイクがあるのに、遥かにシャープに充分芯が録れて、とくにシビアに狙っても無いのに大体音のする方に何となくキュッと向けるだけでガッツリ楽器や声の有機的な音が入ってくる。


そして離して録れる副産物として、響きが自然にとれるから、より音も太く馴染みが良くなり一層の実在感が出せる(当たり前なんだけどね) 


しかしそのMixをお手本として同じテイクの現代新品マイクでMixとマスタリングまで1日がかりで使えるツール全てを駆使して追い込んで見たが、近づく事すらできなかった。

それこそ沢山大胆なEQをして派手に位相が乱れて変なピークやディップに悩まされ、音の細さにやきもきして、リヴァーブやコンプをかけて、音は太くは出来たが、あの説得力や迫力が出せず、結局自分の中では仕上げきれなかった。ヴィンテージマイクでMixした段階の音にすら到達しない。平凡で平面的な力なき音質にしかならなかった。


結局プロのエンジニアが言う、そんなの使いすぎるからそうなるんだ!


の、その言葉にすっぽりハマってしまった。悔しいけどすこしだけ勉強になった。


でもヴィンテージマイクの個々のステムをMixしている段階でフェーダーを引いた時の音の残り方やボーカルとの音の混ざり方、EQしたときの効きの豪快さ、ポイントが当たったときのサウンドの決まり方は全く異次元の違いでEQで位相がとか出くわす前に狙い通りのサウンドが炸裂しててノブを回すのを躊躇するくらい決断に勇気が要ります。

その辺りの反応や精度が全く違うので、録れてる音の質の違いがこんなに大きな差になってくる事を経験すると、その気持ちの差等の細かい音質の違いを凄く気にかける時期が、やがて訪れる訳です。


しかし、一度でもこんな経験をすれば、ミキサーに立ち上げて、EQしないと気がすまないようなステムは録音しそびれてると言うことにさっと気がつけるようになります。


そうするとマイクと楽器の音に対する向き合い方が変わってきます。

ひとそれぞれだと思いますが、僕は変わりました。


そして、何故そんなにもヴィンテージマイクに魅力があるのか、その理由は何なのか?噂か眉唾か?その真理を探る旅をここ4年程続けています。


素材から、マイクを設計と開発をした人物の心理から、製造担当者の執念と情熱から、当時の世界に向けたMade in Japanのプライドから、それらを紐解いていくわけですが、あまりにも簡単にそのマイクがいかに優れているかわかるほど、素材からコストの捌き方、人間としての人生を賭けたエネルギーと、そのあたりが技術に結実していて、その逸品に宿っています。


時代の許容範囲と人の動いていた量とかけられたコスト、新鮮な金属の純度と精錬技術等が2024年、今とは桁違いです。


それがそのままあのサウンドの違いかと推測すると、あまりにも綺麗に合点します。

組み付けの精度、金属の面積の広さ、質量、光沢の違いなど、目で見て触って、明らかに違いがあります。

これでは同じ音が出てくるわけがありませんし、デジタル技術で模倣しようもありません。物理的に、根本的に全く別物でした。


これで、次にはどの時代がピークで衰退期とその理由を探り始めました。

そしてピークと思われた絶頂の音がいかなるものか、衰退したサウンドはどんなものなのかを聴いてみたくなり、それぞれを捜して聴かせてもらい、感じた事は、


色褪せない魅力や個性とは強くて、一瞬でその人の人生の永遠のモノにならなくてはならない。


それほど人間の感性を揺さぶる強烈な棘がその人の営みや価値観をより豊かに変貌させる。それが長年を経てなお評価に値する。

それこそがヴィンテージ。

生き長らえる伝説。

今日も伝説を更新し続ける。


やはりプロフェッショナルの拘りは半端ではなく、何故ヴィンテージをこよなく愛するのか。身に染みた。


そして、僕自信もそこをもっと求めていきたい。


それは本当に素晴らしいサウンドが出せるメソッドがつまっているからだ!

2024年7月11日木曜日

僕たちの豊かさを支えていたものって一体なんだったのか。

 


2024年7月11日

City和歌山 3F


そう、ここは僕たちの青春の遊び場だったし、個人店舗も結集して個々がキラキラとしていた。


集う人の笑顔も溢れていた。

目の前の催し物広場、ガラガラ抽選会でキーホルダーが当たっただけで、ちょっと嬉しくなるくらい、希望に満ち溢れていた。


それに若者が集い、服や古着が沢山売れていたし、見知らぬ僕にウィンクを決めてくる女子高生もいた。

それくらいにここに出掛けてくることにハッピーと余裕があったのだろう。


当時は自分もそうであったと。今思うところがある。


4階はボウリング場があって賑わっていて、ボウリングの音が聴こえてきて、友達とかと、また行こうね!って、言えるだけでも幸せだった。

行きもしないのに、やっててくれるだけで活気があってみんな元気だったし、来週行こうって楽しみができる喜びもあった。


ちょっとおしゃれな鞄が売ってたり、1階の食堂で食べる380円のうどんで満たされたり、かき氷で涼んだり。


音楽教室帰りの、楽器を背負ったお姉さん達がウキウキして歩いていたり、風船片手の子供が飛びはねながら歩いていたり、ね。


本当に何気無い一瞬の出来事なんだけど、全て楽しみが詰まっていて、しっかり遊んでいたし、お陰で気持ちに余裕があり、希望に溢れていた。

お金使いすぎて財布に余裕が無くても、買いもの袋片手に、ニコニコしてた。


主婦の人も、音楽教室に通うお父さんが順番待ちしている姿さえも…


この建物の色のようにパステルカラーで明るい黄色のような感じだった。

僕も何故かウキウキしてた。


その頃のサウンドが雑踏やお店の音が、今はこの物静かな空間に響いていた。

今ならまだ思い出すことができるんだ。


でも何気無い幸せをせめて、保つことがこんなにも難しいことなのか。と今思う。


みんなが慌てるように店を出て、当たり前にあったものが、サウンドが光が、笑顔が、ひとつひとつと灯りを落としていく。

色褪せる色彩、静まる雑踏、響き渡るエスカレーターの残された作動音。


未来を信じて、生活をかけて旅立った痕はあまりにも静かに疲れはてていった。


希望よ、何処へ。


がんばり過ぎたのか。それとも単なる時代の波なのだろうか。


みんな余裕が無くなってきている。

僕はいつもここに来るとそう思う。

まるでここは時代を映す鏡のように。その時を象徴するかのように、形を遺して息を潜めている。


再び灯りがつくかどうか。行方がわからない催し物会場のレガシーな看板。

今思えば時代相応なのかな。当時のここのデザインは斬新にポップだった。だからこそ、レガシーさを感じるほど新しかった。それもワクワクの後押しだったのかもね。

それが今や、黄色いプラスティックの鎖でしきられた静寂の奥行き。かつて老若男女が小さな幸せと、ちょっとしたラッキーを求めてさ迷っていた空間。


為す術もなく置き去られた、時代の産物が通路を照らす最小限の灯りとともに、次なる音を待っている。

ただ静寂とともに、静かに、そこで。


本当に為す術もないのだろうか。

僕がここに来る理由は昔の出来事を思い出しに来ているのではない。


今という現実を、この切実な現状を全力で噛み締めに来ているのだ。


何も出来ていない自分が以下に小さな存在であるかを思い知ると共に、沢山の商いがこうして大きな希望や何気無い笑顔を支えていたという現実を、ここでは知ることができる。


そして社会とは、風潮とは、振り替えると見えてくるものがある。


でも廃れているようにも思えない。不思議な感覚にいつも陥る。

人間とは背中合わせの絶望とともに希望を持って生きれる生き物なんだと、僕は思っている。


その希望は何気無い小さな事や、人や人同士が結託し、なにか自分達で出来ることを探り、小さくてもひとつひとつコツコツと始めていくことで、明日もここがある。また次に集う心の中の約束だったり、そういった目に見えないものが希望に繋がっていって、小さな優越感や、ちょっとした避暑地というだけでも人は感謝を頂き喜びに変わっていく。


しかし、それも表裏一体だ。

まさか今こんなことになるとは、当時一体誰が想像できたことか!


でもしっかりと受けとめなければならない。

何も出来なかった1個人の行動と、この現代の極めてパーソナル化された時代現状を。


そしてそれらは、何を拐っていったのかを。知らなければならない。


そして、人間に希望を。

そんなに簡単では無いことはわかった。でもほんの些細なありふれた事だった事もわかった。


無駄だ!と思いつつも、楽しんで、答えだけを求めすぎず、ハズレても笑えるガラガラ抽選のように、正解の無い事もドキドキしながら、楽しみながらやっていくことこそが、希望を持つ道標なんだと。この静寂が静かに語りかけてくる。


希望と絶望は裏腹だ。

それも長い目で見て単なる波の引き際なのかもしれない。

大切にすべき事はなんなのか、忘れてしまったものは何か。


ここは僕にいつもそれを教えてくれる場所。


かつては僕も持っていた希望の欠片をひとつ。波をひっくり返すきっかけを教えてくれているような気もする。


僕は今、何をすべきか。

まずは希望を持とう!

2024年6月10日月曜日

みなさんこんばんは!影山ヒロノブ DA!

タイトルは、MCのあいさつより。 


4月だったかな?

支配人より、「そういえば、影山……~、、、」との話があった。


僕はLAZYやJAM Projectも好きで沢山の楽曲を聴いているのだが、純粋に影山ヒロノブさんのファンだということだ。


「影山…」の次は「ヒロノブ」だ!

僕の中ではそうなる。

えっ!ホントに!?


支配人「6月8日にファンクラブイベントがLuru Hallで決まりそうなので、宜しくお願いします」


なんですとー!!!

まぁまぁ、落ち着けよ、いゃ、落ち着け!そこから始めよう。


「ホントに?」

そんなことある?っといったら失礼なのだが、ホントに来てくれたらアツい!!!


そうこうしているうちに、残り1ヶ月。コンサート開催決定!

めちゃめちゃ楽しみだけど、それは僕だけではないはず。

気分は上がるけど、期待は高まるけども、僕の役割はいつだって同じ。

全体が盛り上がるサウンドで、僕の好きな歌声や楽曲達をファンクラブの皆様とご一緒に堪能させていただく。それだけ。


影山さんの歌と声は僕の身体の中にある。

ロードレーサー時代もよく聴いていたので、カラダの栄養の一部となっている。


マイクの選択やイコライジングは既に明白で、何を目指せばいいのかは非常にスピーディーに判断できる。身体にある色々な曲の歌声を呼び起こすだけ。


ギターサウンドも、ここぞ!と言うときには使いたいギターアンプも色々ご協力の元、調達してしまった。

カラダが本能的に求めてしまうので、手詰まりになるのは避けたい。

ファン精神とは恐ろしいものだ。


しかし、一番楽しみ方を知っているのもファンの方々だ。

客席のことは任せろ!の精神が愛情の証だ。


入場整理や座席の譲り合いまで非常にスムーズで、既に結束力が高い。

ステージを盛り上げる準備も万端だった。


しかし、いくらなんでも手放しでアーティストの声が、音が出るわけではない。そこは抜かりなく調整させていただきますが、先に予めかけていたEQはポイントはバッチリはまった!

既にあの声が、、

本物だ!間違いない!

リヴァーブもシャウトして入念に仕込んだがバッチリ!

さらにギターのパワフルな鳴りに重なっていくようにさらに追い込みをかける。


Feel so good!


tap delayもセットして、あの曲のあの部分で決めるぜっ!


リハーサルから、衰え知らずの歌唱力とギター1本で凄いグルーヴ。

コードが変わるときの景色の変わり方も鮮やかに。まるでドラムがいるようだった。(もちろんドラムはありません) 


野生の血を感じる、アツく滾る歌声は観客の心を踊らせながら、強くビートを刻んでいく。


Luru Hall史上(私が入らせてもらって以来)最もロックンロールだったのではないだろうか。




「みんなもっと気持ち表現しようよ!」

ライブに行くのも結局これ!

魂の交換だ!

ハモりでセッション!

これがライブのエネルギーだ。


We gatto Power!

(そっちは歌ってくれなかったけれど)


ありがとうございます!

「夢中になれるものが、いつか君をスゲェヤツにするんだ!」

その歌詞を胸に、釈迦力でやってきて今日僕はここに居て、まさか手元のフェーダーに影山ヒロノブさんが!


スゲェ事になってました!

最高じゃないですか。Exiting!

本当にそうだなと。


元気玉を別けて頂いたので、胸がバチバチしながらまたこれからもSparkingしていきます。


私の友人からも沢山、参加でお願いします!と問い合わせがあったのですが、生憎の即満員御礼でした(正式にはファンクラブイベントと極少数名の会場チケット販売)ので、また次回も来れなかった方のためにも、来年、再来年と続いてくれることを。願っています!


僕も更にSparkingできるように。

修行して腕研きます!


今回、来られなかった皆様へ。

配信のアーカイブが以下より、1週間の間、購入/視聴ができます。

是非、こちらでもPowerを喰らいに来てくださいませ。


ヘッドフォンやイヤホンで聴いてもらえると、神龍に出逢える(さらに幸せ)カモよ!


https://teket.jp/9700/34949